平沢進 ニューアルバム 変弦自在 レビュー

http://8760.susumuhirasawa.com/modules/docs/hengen.html

ラスボスのごとくたたずむ平沢さん。この決まってるのになんかズレてる感じは平沢さんの超絶な魅力です。
平沢さんのパートナーであり、善き理解者である高橋かしこさんがアルバムの感想を列挙されている中*1、私のような若輩者が感想を書くのは大変おこがましいこととは思いつつも、思ったことを正直に書いてみようと思います。
『変弦自在』は平沢さんのバンドP-modelのデビュー30周年、ソロデビュー20周年を記念して始まった企画、http://8760.susumuhirasawa.com/の一環として発売されたアルバムです。平沢さんが過去に発表した曲に弦楽アレンジを施してアルバムを製作し、ライブで披露するというのがその趣旨なのですが、今回のアルバムは平沢ソロ名義で発表された曲の弦楽アレンジ集となっています。では、各楽曲の感想をば。

1.夢みる機械
今監督の次回作のタイトルです。正式にMADHOUSEが製作続行を発表しました。*2。原曲は平沢さんの2ndソロアルバム『サイエンスの幽霊』に収録されています。今回のアレンジで目立つのは、なんと言ってもテスラコイル
参考画像

ライブ『PHONON 2551』で初お披露目*3となった平沢さんの相棒は、このアルバムでも唸りをあげています。しかし、ライブで平沢さん曰く観客を「江戸時代」に飛ばしたその威力はパッケージ化されたCDでは軽減され、なんだか平沢さんの掌で平沢さんに反抗しているかのような可愛げな音を奏でてくれています。曲は還弦主義を象徴する、平沢さんのナイロン・ギターによって原曲の柔らかな質感を持ちつつも、壮大なオーケストラによって豪華に飾られています。コードを加えられたことによってより不安定になった夢みる機械の中は、質素かつ豪華で、平沢さんお得意の対照的なものの両立に支えられていて非常に快適です。歌詞は原曲のままで一見すると意味不明な世界です。しかし、意味不明故に聴く人によってそのイメージはどんどん広がります。この歌詞を唱える平沢さんの声は、なんだか気取って落ち着きはらっているのに、どこかハラハラさせる浮遊感があります。「続出するバグは〜」の件は、ぉお!言えた!という感じです(笑)

2.サイレン *Siren*
原曲は6thアルバム『SIREN セイレーン』に収録されています。今監督が亡くなった時に平沢さんが製作した曲です。
http://8760.susumuhirasawa.com/modules/prepro/index.php?fct=photo&p=84
還弦作業するにあたって描いたイメージはこうだ。突然街にサイレンが鳴り響き、ビルの角を曲がるとあの「パプリカ」のパレード・シーンの有象無象、魑魅魍魎たちが今監督の棺を担いで行進して来る。もちろん棺の蓋は開けっ放しだ。あの崇高な死に顔で街を清めるために。さて、修羅どもよ、我々もあの列に加わろうではないか。
平沢さんのイメージ通り、今日は祭りだとサイレンを鳴らした車が人々を先導し、ロール気味のスネアとシンバルが囃したてるパレードをバックに、美しい平沢さんの声が響きます。私は勝手にこれは追悼曲ではなく、私たちのそばで生きている「半分の今 敏監督」を応援する歌だと思っています。間奏の「OH-」は悲しみに溢れたものではなく、大変静かで声を抑えたものながら、とても力強いものです。それに、歌詞にもあります。「キミが生きるよ」と。友人(などと一括りにできない間柄だったのだと想像しますが)の死に直面しながらも、ファンのことを考えつつ仕事を成す姿勢はプロそのものだと感動しました。

3.Mother
原曲は7thアルバム『救済の技法』に収録されています。元々ストリングス色が強かった曲なので、還弦主義というよりは管弦主義という感じで、非常に気持ちのよいブラスが聴けます。原曲を特徴づけていた何を言ってるかわからないコーラスは残っていますが、サビの低音掛け合いコーラスはブラスに置き換えられています。全体的にロール気味のスネアとテンポの速いバスドラムが大げさに鳴って、原曲よりテンポアップしてポジティブ成分が増した勇気づけられる曲になっています。

4.金星
原曲は1stアルバム『時空の水』に収録されています。平沢さんが弾くナイロン・ギターが曲を通して光る一曲です。夜、雨の山荘に寂しく取り残されていると、平沢さんが怪しげな楽団を率いてやってきます。きっと、みんな仮面を被っていますね。暖炉前のテーブルを囲んだ平沢楽団は静かに演奏を始めます。曲が佳境にくると、リズム隊が加わって、いつの間にか楽団への恐怖と共に寂しさは消えています。「朝が来る前に 消えた星までの地図を 君への歌に変え 地の果ての民に預けた」楽団が帰った朝、雨は上がっていて、美しい明けの明星が見えるのでしょう。

5.バンディリア旅行団
原曲は3rdアルバム『Virtual Rabbit』に収録されています。バンディリア旅行団は以前から名曲との呼び声が高く、「アレンジ曲の投票は人気投票ではなく、プロデューサー視点での投票をすること。人気投票になるだろうと思ってたので、投票結果はあくまで参考にする」と平沢さんが表明していたこと、また既にこの曲は一度アレンジされていることから、アレンジされないのではと思っていましたが、見事採用され、『変弦自在』の人気チューンとして、無料で配信される運びとなりました。
http://teslakite.com/freemp3s/totsugen/bandiria.mp3
民族楽器のようなシンセサイザーから始まり、ピッチカットとピアノのアルペジオが平沢さんの綺麗なボーカルをサポートします。その後参戦してくる、Motherのようにずんずん進んでいくリズム隊が光り、ハープが仰々しく奏でられ、ティンパニーは跳ねるように鳴り続けます。Ice-9のものと思われるギターソロはとても優しい。全体的にポジティブな響きです。皮肉などは感じず、純粋にハートフル。何よりこの歌の歌いだしが今回の企画を象徴しているような気がします。「遠い昔に この声は響けよ」デビューから30年。長きに渡って平沢さんを応援していた皆さんにこそ、この歌は相応しいと感じました。

6.トビラ島(パラネシアン・サークル)
原曲は4thアルバム『AURORA』に収録されています。9分40秒とアルバム中最長の曲です。金星で見せた高音を中心としたアプローチと異なるナイロン・ギターが響きます。もの哀しいバックの中で低音ボイスで押し殺したように歌う平沢さん。そして叫ぶように「日」と「火」に喘ぐ人を歌います。その歌に連れられてトビラ島に来てみると、パラネシアン・サークルの登場です。繰り返されるメロディの後に、他の曲では私たちを鼓舞してくれたオーケストラが、今度は私たちを飲み込んできます。四方を囲われた私たちは平沢さんの声に耳を澄ますことしかできません。その全てが荘厳で、飲み込まれているのに心地良ささえ感じる混沌です。曲の見事な展開と緻密さは、曲の長さを感じさせることなく、むしろ物足りなささえ覚えます。

7.環太平洋擬装網
原曲は5thアルバム『Sim City』に収録されています。原曲のシンセサイザーとは全く違う、過剰なまでのブラスとストリングスが初っ端から渦巻きます。ファルセットでチャップリンのように必死に道化師を演じるような平沢さんのボーカル。各パートが走り終わる度に、低音コーラスが逃がさないように現れて息つく暇もありません。デストロイギターは怒りとは違う激しい感情を奏でているように感じました。テンポが上げられて再生時間も短くなっており、ここまで壮大な曲を演奏してきたとは思えないあっけないほど潔い幕切れでした。



アルバムは全体的に壮大で、どの曲も何か一つは過剰過ぎるほど鳴っている楽器が見受けられます。それがいい意味で賑やかな雰囲気を作っており、また過剰でなくなるパートに戻ると過剰な音が聴きたくてまたリピートしてしまうという中毒性も生んでいると思います。平沢ソロ曲は原曲もハートフルな曲が多かったのですが、今回の平沢さんの高音はどれも透き通るようで、今回のアルバムの曲はより全体的にポジティブな気分にさせてくれるものになっていると思います。いつもはどこかシニカルな世界を一緒に持ってくる平沢さんですが、このアルバムは本当に温かい。まるで非常に悲しかった今監督の死を、平沢さん、スタッフ、ファンが一丸となって乗り越えて行っていることを象徴するような、自然と溢れ出る温かさです。感情がぶつかってくるわけではなく、調和が新たな調和を生んでいるような心地よささえ感じます。ほろりと流れ出るものがないと言えば嘘になりますが、それもとても朗らかなものです。私は何も知りませんが、裏に多くの人の激烈な悲しみとそれを乗り越えようとする強い意志があったことはわかります。このアルバムがポジティブに私には聞こえたように、今監督もどこかで楽しくこのアルバムを聴いていると私は信じています。