舞台版『千年女優』レポート

こんにちは。日々平沢さんや今監督始め、様々なアーティストの作品に触れて感動している毎日なのですが、自分にそれを伝えたり表現する力がないことの虚脱感に一時期見舞われ、ブログの更新が滞っておりました。しかし、私は私なりに見た世界を正直に書けばいいのだろうと開き直り、特にこの舞台はできるだけ多くの人に知ってもらいたい、何より舞台後に演者の皆様が「どんどんブログなどに書いてください」とおっしゃっていましたので、その言葉に甘えて書いてみようと思います。できるだけネタバレせずにイメージを書いていこうと思います。

2月18日に舞台版『千年女優』を観てきました。今 敏監督がオリジナルストーリーとして監督し、2001年に公開されたアニメ映画「千年女優」が2年前に初舞台化され、今回は一部メンバーを変えての再演でした。今監督がファンだったという劇団『惑星ピスタチオ』のメンバーだった末満健一さんが脚本と演出を担当し、神戸を拠点に活動する劇団『TAKE IT EASY!』がたった5人で演じています。

http://www.tekuiji.com/1000/top.html

2月18日は凄まじい突風が吹き荒れる一日でした。お陰でJRが遅延しており、私は劇場のグリーンシアターまで慣れない池袋の街を走って向かいました。「なんだか出だしから千代子の気分」などと思いながら、息を切らせて開演ギリギリに受付に飛び込みました。ぜぇぜぇ言いながら、いい年して学生証を提示した私は異様に見えたに違いありません。座席に着くと先に到着していた友人がソワソワしながら待っていました。彼は私の中学校からの友人で、とある劇団の準劇団員です。以前からお互いに気に入った作品を交換する仲で、私はよく今監督の作品を貸していました。今回も私から彼を誘ったのですが、前日に彼が大好きな俳優さんが観に来ていたのをブログでチェックしていたらしく、気分は高まっているようでした。

舞台を見ると、「あ。睡蓮」と思いました。美しい布の花弁と足場をぐるっと囲うように描かれた円が開いた睡蓮を思わせる舞台を作っていました。そして、劇が始まりました。とても原作に忠実な展開で、しかも舞台だからこその照明と役者さんの存在感を利用した演出をいきなり見せつけられ、圧倒されました。そして、原作と同様、井田と立花が出てきて、千代子のインタビューが始まり、物語がつづられていきます。この辺りの演出が最初は納得できませんでした。声で役を一部説明してしまうのです。「この人はこういう人!」みたいな形で。生意気小僧の私は「なんだよ。初めて観た人のためとは言え、それはシラケるなぁ」などと素人考えを持っておりました。ごめんなさい。しかし、その後話が進み、様々な演出を見るに連れ、「あ。アホだったのはオレだ。あれこそ演出だったんだ」ということが分かってきました。フライヤーにも書かれているように、この演劇で斬新なのは「入れ子キャスティング」。わずか5人の演者が入れ替わり立ち代わり劇中劇の千代子を演じていきます。象徴的な存在である鍵の君を明確化させず、基本キャラを印象づける過程をむしろ強調し、途中で自らその「前提」を壊すことで千年女優の肝であるメタフィクション的な要素を引き出すことに成功していました。映画とは全く違うものなのに、映画と同じようなテーマを表現できている。観ているのは映画の世界なのか、千代子の妄想なのか、現実なのか、それを悩むのも馬鹿らしくなるくらいテンポのいい場面の繋がりが連続していきます。さらに、その「前提」を思いっきり壊す過程に観客とのインタラクティブな要素が含まれているのです。今監督は千年女優の舞台化に際して様々な“縁”を感じていたようですが、舞台演出はその縁に違わず今監督の世界にリンクしたものになっていました。

また、すごいのは小道具の効果的な使い方!基本的に用いられる小道具は二種類だけですが、それが場面ごとに違和感なく異なった役割を演じるのです。「小道具まで演じてる・・・!」これも背景画像にまで意味をこめて「演技」をさせていた今監督の精神に繋がるものがあると思いました。舞台中は随所に演劇ならではの笑いもてんこ盛り。その笑いも映画に対するリスペクトをユーモアに転換しているものが多くあり、原作にも込められていた映画への想いまで体現されていました。睡蓮の舞台の中で走ることから「逃れられない」千代子ですが、それ故か睡蓮の花言葉の純真さが強く感じられ、原作の千代子よりも舞台上の千代子は力強く見えました。

「今監督の世界が描けるのか?」とパンフレットに映画で立花の声を演じた飯塚昭三さんのコメントも載っているこの作品。今監督の世界は舞台に携わった皆様のセンスと努力に磨かれて輪廻転生し、文字通り次元を超えてきてくれました。この舞台に関しては今監督がブログで記事を連載し、詳細に感想を述べています。
http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/364
それでも、作品を「分かる」ことは難しいかも知れません。しかし、「分かる」はどこまでいっても文字通り「分解する」だけ。作品から直接得られる感動や情動を忘れなければ、分解しなくても製作者が作ってくれた世界は自ずと伝わってくると思います。一緒に舞台を観た友人も「今日は正直不安だったんだ。ぐしゃうんに借りた映画が面白かったから。でも、そんな心配不要だったね。原作も演劇も両方面白いなんて初めてかもしれない」と言ってくれました。とても面白い舞台です。まだ東京公演も当日券があるようですし、この後も大阪や福岡での公演が予定されているようです。是非足を運んでみてください。